2009年です。
早いもので、2009年、ジロと花は十歳になりました。
更新しないと削除されるそうなので一応更新しておきます。
このブログは物語が終わったのでそのままなんですが、何とかしたいと思っています。
前回でHPが五月で終わるとありましたが終わっていません。
今のところ、継続しています。
もし、現在のジロと花の生活に興味のおありの方は、ホームページ「ジロの庭」にいらしてください。
アドレスはhttp://homepage2.nifty.com/jiro-hana-wanwan/index.htmです。
HPの中から、エキサイトブログ「ジロと花の散歩道②」にも行くことが出来ます。
なお、このHPは五月中旬に、ニフティーの都合で閉鎖します。
HP移転を考え中。
ジロと花たちの物語を書き終えました。幾人かの方々から、ご丁寧な感想をいただきまして、本当に感謝です。
誤字も多いし、下手な言い回しも多く、もう少し表現力があればと思う箇所も多々あります。が、すべて事実です。
この話は、子犬五匹の救出談だけで済まそうと思えばできたと思います。他の野良犬たちにはあまり触れないで。助けた五匹の幸せな様子だけを書いて、めでたしめでたしで。
でもそれは出来ませんでした。チャッピーやラッキーやシュワちゃん、キツネちゃん、ゴンタ、ジロたちの母さん、他の犬たちの眼差しを忘れることができません。
ジロたち兄弟はあの犬たちから託された大切な命です。彼らがいたからこそ、ジロたちは生まれたんです。
そして最初にチャッピーたちと出会ったからこそ、引き続いて子犬を救出しようと思ったと思います。そうでなければ、放置していたに違いありません。
ジロと花の物語は、2000年頃に書かれたものですが、当時はまだラッキーや数頭の野犬たちは生きていました。ですので、№30以降は、今回新しく書き加えました。
現在ではこの近辺には野犬が一匹もおらず、書いた当時より、さらに厳しい結末になっていました。
それだけに、ジロと花たちがいとおしくてたまりません。必ず最後までかわいがり、ずっと一緒にいたいと思います。
また、自分にできる範囲で、不幸な犬や猫たちの救援のお手伝いができればと思っております。
ちょっと休憩をいただいてから、次はジュリー三条さん(仮名)の書かれた事実を基にして描かれた創作童話「ぽんぽこ山の女王」を連載します。これも野良犬の話で、結末は悲しいものですが。
(写真ははしゃぐ子犬時代のジロとW時計店にもらわれたチイちゃん。W時計店にて)
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自治会はそれからもしばらく捕獲箱を設置し続け、2002年までには、この地域で野良犬を見ることはなくなった。
最近は犬を捨てに来る人が減ったのかもしれない。あるいは一匹だけ捨てられても、エサがないので、すぐに死んでしまうのだろう。
あれだけここおタヌキ町に野犬が増えたのは、イネさんがエサを与え続けていたからだったと思う。しかし、イネさんは飼い主に見放され、お腹をすかせた哀れな犬たちに見かねてエサを与えてしまったのだと思う。もちろん、イネさんの落ち度もあるのだが、繰り返しになるが、あくまでも一番悪いのは「最後まで面倒をみないで、安易に山に犬を捨てに来る無責任な飼い主」である。
放浪する犬や猫を怖がり、嫌う前に、なぜ彼らがそんなことになっているのか、大元の原因を考えて欲しい。
身勝手な人間が悪いのだ。
保健所や行政も、ただ地域を放浪する犬や猫を捕まえて殺すだけでなく、正しい心構えや避妊去勢をすすめる啓発をひんぱんに行い、手術などの援助をすべきだと思う。
(都道府県によっては良い啓発を行なっている自治体や、里親探しに力を入れている町もあるときいた。)
一方、野良猫たちは相変わらず何匹か暮らしている。猫は犬と違って、目立たないので人々が文句を言わないからでもある。それに、野良猫の場合は、地域住民と共存していけると思う。昨年も我が家周辺に見たこともないキジ猫が放浪し始めた。最初は二色刷りのリボンをつけて、動きがおっとりしていたので、どこかで飼われているのだと思っていたが、どうも捨てられたらしい。今は、リボンもなくなり、すばしこくなって、寒さにも負けずに屋根などを渡り歩いている。
エサを与えてる人がいるようだ。
写真はリボンをつけていた頃のキジ猫トラちゃん(勝手に命名)
ジロと花は今私の目の前のお気に入りのベッドでまどろんでいる。
もしあの時彼らを保護していなければ、今頃はこの世にいないか、やせこけてさまよっていただろう。
花が、お腹をすかせてうろついているところを想像するだけで涙が出てくる。
野良犬の子供なんて、と幾人かの人に恐れられたが、かわいがって育てると臆病だけれど、やさしくてかわいい子に育つ。チャッピー(写真の犬)やラッキーたち、助けられなかった子たちだって、愛情を持って飼えば、飼い主に喜びを与えてくれるいとおしい存在になっていただろう。
本当にごめん、君たちを助けられなくて。エサを与えるだけで何もしてやれなくて・・・。あんなに近くに目の前にいたのに、みすみす死なせてしまって。
・・・・・・・山の中で、チャッピーにおやつを差し出したとき、かなり馴れてきた彼女に手のひらをちょびっとだけなめられたことがあった。やわらかで暖かなしめった舌が触れて、チャッピーの心が伝わってきた。君たち、生きてるんだねと。
チャッピーと出会ってなければ、引き続いて登場したジロたちを保護してなかったろう。野良犬たちとの交流もなく、知っていても遠いことだったかもしれない。ただ恐れていただけかもしれない。
チャッピーたちのことは決して忘れない。これからも、捨て犬捨て猫や野良犬、猫たちのことを知り、厳しい現実を見て、自分に出来る限りのことをしていきたいと思う。
この記録の本当の主人公は、チャッピーたち、助けられなかった犬たちで、この話は決して今も終らないのだ。
ジロと花たちの物語は一応ここで終わります。つたない記録をお読みいただきまして有難うございました。
なおこの後、ある方が事実を元に創作した野良犬の物語を連載していく予定です。これも結末がとても残念。でも現実なんです。ホームページの方もよろしくお願いいたします。そちらは楽しい話で満載です。
ジロと花たちが一歳を迎えた2000年初めには、おタヌキ町の野犬たちの姿はほとんど見えなくなってしまった。あれだけたくさんいたというのに・・・。
長年、野良犬や野良猫にエサをばらまいていたイネさんという高齢の女性が亡くなったこともあるだろう。捕獲されなくとも、エサを与えてくれる人がいなくなっては生き延びることは難しい。小動物や草を食べたりしたとしても。
ところが、2000年なかばになってまだ生き残りの犬が少しいるのを発見したのである。
その犬は、(写真参照)薄茶色で耳が垂れてはいるが、W時計店にもらわれていった、チイ(茶色ちゃん)にそっくりだった。体の形もうちのジロや花に似ている。ひょっとして、ジロたちの兄弟かな?と思った。最初に見たとき七匹いて、すぐにどこかへいなくなってしまった兄弟ではないだろうか?ガリガリにやせこけ、人間をすごく恐れている。しかし、誰かにエサをもらっているのではないかと思った。でないと生き延びては来れまい。イネさんがいなくなっても、別にエサを与えている人がいるのかもしれない。
その子には、ラッキーと名づけた。ラッキーは時々、我が家近くにもやってきたので、その時は少しだがエサを与えた。そばに来ないので、捕まえることは出来なかった。無責任にエサだけ与えるなんて、イネさんと一緒じゃないかと思いつつ・・・・。
ある時、川向こうの住宅街をジロたちと散歩をしていたら、どこからか犬の遠吠えのような声が聞こえてきた。その声はずっと続き、実に悲しげで助けを求めているかのようだった。・・・・私は声のする方へ走った。すると前にチャッピーたちが移り住んだ三階建ての家の庭から聞こえるのが分かった。壊れた門扉を開けて庭に入ると、捕獲箱が置かれ、泣き声はそこから聞こえていたと分かった。誰かがワナにかかっていたんだ・・・。
箱をのぞくと、中にいたのはラッキーだった・・・・。気が付くと私は箱の扉を開け、ラッキーは一目散にどこかへ逃げていった後だった。逃がしたことが分かると、えらいこと、と私も一目散にそこを立ち去った。
間もなく届いた自治会報に「捕獲箱を設置しているが、捕まえた犬や猫を逃がす人がいる」と書いてあり、私以外にも同じようなことをしている人がいるのを知った。
それから2ヶ月ほどして、山道でラッキーに出会う。ラッキーはお乳をたらし、一目見てお母さん犬になったことが分かった。子犬が産まれたのだ・・・・。
ラッキーをあのままほうっておけば、ラッキーは死に、子犬は産まれなかったろう・・・。私はかわいそうな命を増やすだけで罪作りなことをしたのではないか?イネさんのしてきたことと変わりないではないか。
保護して避妊手術を受けさせないで、逃がしたり、エサを与えたりするだけでは無責任極まりないではないか。
そして、間もなくラッキーの姿もみられなくなってしまった。子犬が育ったか誰かに拾われたのかは定かでない。
その後、私にも自治会員の役目が回ってきた。役員会では引き続き「野良犬、野良猫問題」が議題にあがっていた。
会長の話では、まだ少しだが野良犬が残っているとのことだった。
捕獲のことを尋ねると、捕獲箱でかなりの犬や猫が捕まったそうだ。うち一匹の犬は鑑札のついた首輪をしていたという。自治会はその犬だけは別に保護し、鑑札から飼い主を割り出した。驚いたことに、飼い主はおタヌキ町からずいぶん離れた町に住んでいたそうだ。しかし、電話をすると飼い主は冷たく「それは山に捨てた犬なんで、そちらで勝手にしてください」と言い放つだけだったらしい。
それを聞いて、腹が立って仕方がなかった。犬がいらなくなったのなら、自分で保健所などへ持って行って、最期を見届けるがいい。どんな悲しい思い、苦しい思いで死んでいくかを。でもそれはきっと見たくないから、自分の目の届かないところで誰かに処分してもらうおうと考えたのだろう、なんたる身勝手。そういう人はろくな死に方をしないだろう、などと私は自治会の人たちと息巻いたのを覚えている。
十人ほどいる自治会役員の中には、野犬を捕獲することに抵抗があり「なんとか助けられないのか」と提案する人もいた。
自治会長は「自分も犬を飼っているので、決して捕獲を好きで頼んでいるのではない」と強調した。「でも今のままでは野犬が無制限に増えて、かわいそうな生き物を増やすだけではないか。大きく見たら動物愛護なんだ」
それに対して、誰も反論できなかった。奇麗事を言うのはたやすいが、実際には何もできないのだから。
(写真は乳をたらしたラッキー。W時計店のチイそっくり)
私は散歩コースを変えて、時々はチャッピーたちの暮らす三階建ての民家の前を通るようにした。
犬たちはいない時もあったが、いたらワンワン吠えて歓迎?してくれた。皆臆病で用心深い中、チャッピーだけはちょっと嬉しそうにそばに歩いてくる。思えば、ジロたち赤ちゃん犬兄弟が例の廃屋に住みだしてから、その前日まで毎日のように我が家のあたりへエサをねだりに来ていたチャッピーと姉妹犬は、それっきり一度も姿を現さなくなった。彼らは廃屋から半キロの民家へ移動し、そこで暮らしていたのだった。
私はふっと気がついた。ひょっとして、ジロたち七匹兄弟はこの三階建て民家で生まれたのではないだろうか?と。そして少し歩けるようになってから、小川を渡り、二車線の自動車専用道路を越え、一キロ弱の距離を大人の犬たちに守られながら例の廃屋へ移って来たのではないか?反対に、廃屋にいた三ヶ月くらいに育ったチャッピーたち姉妹犬は、三階建て民家に移されたのだ・・・・。
しかしなぜ、大人の犬たちはそんなことをしたのだろうか?そしてそれだけでなく、赤ちゃん犬たちの面倒をほぼ私たち人間にまかせた形となってしまった。つまり、もしあの廃屋に常に親犬らが常住していたら、我々は赤ちゃん犬たちにはいっさい手が出せなかったはずである。あんなよちよち歩きの赤ちゃんを親たちは必死で守るはずではないのか?
最後に保護したころちゃんとでんちゃんも、親犬たちが面倒みていたら、あんなに人間を追ってこなかったのでは?
そこにはひじょうに作為的なもの、意志を感じる。
もしかすると、成犬たちは、自分達の危機(じきに捕まり殺されること)を無意識の内に予知していて、せめてこの子達だけは助けてちょうだい、と私たちに託したのではないだろうか?大地につながる母心でもって・・・。
一方、その頃、自治会は増え続ける野犬を捕獲するために動き出していた。
そしてその年の夏過ぎから翌年にかけて、三階建て民家の庭や小川の前などに捕獲箱がいくつか設置され、次々に成犬たちは捕らえられ殺されていった。
いつの間にかチャッピーたちの姿も消えていた。ジロたち兄弟のお母さんらしき犬も・・・・・。いったいいつどの子がどの日に捕らえられたのか知らない間に。
気がつくと、あれだけたくさんいた野犬たちの姿は見られなくなっていたのだった・・・。(つづく)
(写真は三階建て民家で暮らしていた頃のチャッピーたち、左はシュワちゃん。真ん中がチャッピー。右がゴンタ。お国も二匹ほどいる。キツネちゃんの姿はこの頃はもう見なかった。弱そうな子だったから・・・1999、四月下旬)
№4から8までに登場したチャッピーたち姉妹犬のことを覚えておられるだろうか?
彼らは、ジロたち五匹を(最初は七匹数えたが二匹はどこかに行ってしまい五匹となった)保護する前に、同じ廃屋周辺に生活していた子犬たちのことだ。
実は、ジロたち兄弟を無事につかまえてしばらくしてから、散歩の時にチャッピーたちを発見した。
彼らは我が家から半キロほど離れた川向こうにある住宅街の中の、ある民家に暮らしていた。その民家は、ある人の別荘で、持ち主はたまにしか訪れないので、野良犬たちの絶好の隠れ場だったのである。またその民家の向かい側は野良犬や野良猫にエサを配るのを生きがいにしているイネさんという年配の女性の家だった。イネさんには少し年上の連れ合いがいたらしいが見たことはない。
ではここで、イネさんのことを紹介しよう。
イネさんは、毎日、自家用車で地域の野良犬、野良猫のためにエサを運ぶ動物好きの女性だった。しかし、エサを他人の家の庭にほうりこんでごみだらけにしたり、誰かが注意をしても怒鳴りかえすので、地域では評判がすこぶる悪かった。
生き物にエサだけ与えてそのままにしていると、当然どんどん子供が生まれて増えていく。そう、エサを与えるなら、しっかり自分の家で飼うか、子供が生まれないように手術させなければやっぱり無責任なのである。
おタヌキ町の野良犬があんなに沢山増えたのも、実はイネさんが原因だったのだ。
もちろん、もっとも攻めるべきは最初に山に犬や猫を捨てに来た「けしからん人たち」である。しかし、捨てられた子らにエサだけ与えて、子供をむやみと増やすことにしてしまったイネさんもよくないのだ。エサを与えるだけではなく、避妊去勢手術を施さないといけなかった。最初は一匹か二匹だったろうから、少ない時に何とか対処しておれば・・・。奇麗事はいくらでも言える。実際に、放浪している犬や猫を捕まえて手術をさせるというのは口で言うほど簡単なことではない。
私も何年も前から幾度かイネさんの姿を目にしたことがある。私の住む地域にも、彼女は時々車でエサを運んでいたからだ。車から降りてあたりを窺いながら、袋から何やらエサらしきものをこそこそとふりまき、あっという間に去っていく。髪ふりみだし、服装には一切おかまいなし、といった風体だった。年金暮らしでエサ代だけでも相当になるのだろう、自分にはかまってられないように見えた。そしてちょっと怖かった。
ところが、ジロたちを保護する少し前からイネさんは体調を崩し、入院してエサを与えられなくなってしまったのだ。彼女が亡くなったと風の頼りに聞いたのは、その年の終わり頃だったろうか?
エサをもらえなくなってから、野良犬たちはウサギやイタチなどを捕まえて自活していたものと思われる。だからチャッピーたちは成犬が捕獲してきた野ウサギをガリガリとぱくついていたのだ。
さて、話を戻そう。久しぶりにチャッピーたちと出会った時、私は思わず彼らに呼びかけてしまった。
「あんたたち、こんなとこに住んどったん!?どこへ消えてしまったかと心配してたんよ!」
そして、その民家の一階が、半分突き抜けのガレージで、充分に雨風がしのげる様子に嬉しくなった。「なかなかいいホームやないの。いいとこに暮らしているんやね」
いつもカメラを携帯している私は彼らの姿を夢中で写した。あたりにはチャッピーたちの他に見たこともない犬たちが何匹かいた。その時は分からなかったが、ジロたちのお母さんらしい犬がその中にいたのだ。子犬たちが大人になってから気がついた。「この奥の犬、大人になった花にそっくりじゃないか!」
写真はそのジロたちのお母さんらしき犬だ。顔が花そっくりなのだ。このことがわかった時、その母さん犬の姿も、チャッピー達もいなくなっていたのだが・・・。
29話から、当時に書かれた記録と、その後に分かったことを交えて新たに書いている。あの子達のことが思い浮かび、「助けてあげられなくてごめん」という気持でいっぱいだ。
ころちゃんは、飼い主が見つかるまでの一ヶ月近く、我が家でジロと花と三匹一緒に遊びながら楽しい子犬時代を過ごした。ほんのつかの間だったがたくさんのことを吸収する成長期で、貴重な体験だったと思う。
毎日、子犬三匹と老犬一匹の山道の散歩は、毎回「騒ぎ」だった。子犬たちは、好き勝手な方向へチョロチョロ走り出す。まだ力がそんなにないので助かったが、しつけをしようにも振り回されてしまうばかりだ。
引き綱はあっという間にからまり、私の足にもぐるぐる巻きついてしまう。そうなるともう歩くことも出来ない。何回もストップし、引き綱をほどき、怒鳴り、と見ている人はさぞかしおかしかったろうなと思う。
休日には夫も一緒に峠まで全員でピクニックし、小川のせせらぎで遊ばせた。子犬にとっては何もかも新鮮で嬉しい。水の中でも飛び跳ねて、ビシャビシャ、あがってくると、すぐにドロまみれに汚れた。
庭では子犬三匹、ひとつのおもちゃを三方向から引っ張ったり、ころがったりと実に楽しそうだった。そして夜は犬小屋で体を寄せてぐっすり安心した表情でスースー眠っているのを見ると、保護して良かったとつくづく感じた。
さて、いよいよエミさんが主催する里親募集の会が始まった。場所は私の住む町から電車で三つほど乗った大きな町の大型スーパーの展示会場だ。見に行くと、そこには何頭かの里親募集の犬や猫の写真とプロフィールを書いた紙がずらっと貼られていた。
ほとんどの子は成犬、おとなの猫で子犬はころちゃんだけだった。中には腹水のたまった猫など病気で捨てられたと思われる元ペットの写真もあり、涙を誘う。飼い主は、最後までペットたちの面倒を見て欲しいものだ。病気だからと言って捨ててはいけない。ペットも家族なのだから・・・。里親募集しているエミさんは自宅に保護した犬を十頭ほどと猫を数十匹飼っている。全員に予防注射や避妊手術をさせるなど本当によくやっている。ただ大きなグループでなく預かり先が少ないので、殆ど負担はエミさんの肩に重くのしかかっているのが現状だ。これは本当に難しい問題なのだと考えさせられた。
ころちゃんを欲しいと言う人は三件あった。七匹全兄弟捕まえておれば、みんなもらわれたのに・・・・。
一番最初の希望者一家が我が家に車で対面にやってきた。人の良さそうな夫婦と小学生の女の子の三人だ。家にはその女の子の他にもう少し大きな子供が二人いるという。
そして、対面の結果、ころちゃんは、そこの家にもらわれていくことに決まった。
その日の夜、夫の車で、隣町の新しい飼い主一家の家にころちゃんを連れて行った。行くと、一家総出で出迎えてくれ、大きな子供たちも争ってころちゃんをなでまわした。家もまあまあ大きく、庭もあるようなので安心した。本当にかわいがってもらえそうだ・・・。
夫と二人だけになった帰りの車の中で、ほっとすると同時に、なんともいえない寂しさが湧き上がってきた。
ころには、情をかけないようにしていたのだが、一緒に過ごした一ヶ月は長く、しばらくは心の中にぽっかり穴が開いたかのようだった。
ころちゃんは「クッキー」と名前をつけてもらった。
その日から半年後に、クッキーは飼い主夫婦と最初に来た女の子と一緒に我が家を訪問した。クッキーは毛並みがつやつやしたかわいい女の子に成長していた。ジロと花とは久しぶりで、最初は怖がっていたが、三匹仲良く遊びだし、再会を喜び合った。
というわけで、廃屋の子犬たち五匹全員、無事に良い飼い主に恵まれ、今も元気に過ごしている。
しかし物語をここで終えるわけにはいかない。本当のこの物語の主人公は助けられなかった今は亡き、チャッピーたち、野犬の犬たちなのだ。彼らのことを書き、彼らのメッセージを伝えないと話は終らない。
(写真は、半年後に久しぶりの対面をするジロと花とクッキー。クッキーは右端。)
ころちゃんは、里親さんにもらわれるまでの一ヶ月弱、我が家でジロと花と三匹一緒に楽しく過ごした。
写真は三匹の楽しい思い出集。
散歩はタロもいるので四匹となった。子犬はちょろちょろするので、すぐに引き綱がからまり大変だった。
こうやって見ると、ジロ、花、ころは毛の色も顔立ちもよく似ている。見分けがつかないと言われたが、足の白足袋模様が違うし、花は小さい。
男性二人と写っているのは、先にもらわれたチイちゃんのところでのスナップ。ジロ、花、ころを連れて、チイちゃんの家に遊びに行ったのだ。きっちり並んで撮影しようとしたがこの通りだった。四匹は大喜びで暴れている。
この一ヶ月弱の間に、ころちゃんは一回り大きく育った。チューリップの咲く頃、ころちゃんは新しい飼い主さんの家にもらわれていったのだが、その話はまた明日以降に。
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