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Tuesday, March 29, 2005

ジロと花たちの物語について

chichantoasobu ジロと花たちの物語を書き終えました。幾人かの方々から、ご丁寧な感想をいただきまして、本当に感謝です。
誤字も多いし、下手な言い回しも多く、もう少し表現力があればと思う箇所も多々あります。が、すべて事実です。

 この話は、子犬五匹の救出談だけで済まそうと思えばできたと思います。他の野良犬たちにはあまり触れないで。助けた五匹の幸せな様子だけを書いて、めでたしめでたしで。
 でもそれは出来ませんでした。チャッピーやラッキーやシュワちゃん、キツネちゃん、ゴンタ、ジロたちの母さん、他の犬たちの眼差しを忘れることができません。
 ジロたち兄弟はあの犬たちから託された大切な命です。彼らがいたからこそ、ジロたちは生まれたんです。
そして最初にチャッピーたちと出会ったからこそ、引き続いて子犬を救出しようと思ったと思います。そうでなければ、放置していたに違いありません。

 ジロと花の物語は、2000年頃に書かれたものですが、当時はまだラッキーや数頭の野犬たちは生きていました。ですので、№30以降は、今回新しく書き加えました。
 現在ではこの近辺には野犬が一匹もおらず、書いた当時より、さらに厳しい結末になっていました。
 それだけに、ジロと花たちがいとおしくてたまりません。必ず最後までかわいがり、ずっと一緒にいたいと思います。
 また、自分にできる範囲で、不幸な犬や猫たちの救援のお手伝いができればと思っております。
 
 ちょっと休憩をいただいてから、次はジュリー三条さん(仮名)の書かれた事実を基にして描かれた創作童話「ぽんぽこ山の女王」を連載します。これも野良犬の話で、結末は悲しいものですが。

(写真ははしゃぐ子犬時代のジロとW時計店にもらわれたチイちゃん。W時計店にて)

 

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Friday, March 25, 2005

ジロと花たちの物語№32

tyappiaP5070202 自治会はそれからもしばらく捕獲箱を設置し続け、2002年までには、この地域で野良犬を見ることはなくなった。
最近は犬を捨てに来る人が減ったのかもしれない。あるいは一匹だけ捨てられても、エサがないので、すぐに死んでしまうのだろう。
 あれだけここおタヌキ町に野犬が増えたのは、イネさんがエサを与え続けていたからだったと思う。しかし、イネさんは飼い主に見放され、お腹をすかせた哀れな犬たちに見かねてエサを与えてしまったのだと思う。もちろん、イネさんの落ち度もあるのだが、繰り返しになるが、あくまでも一番悪いのは「最後まで面倒をみないで、安易に山に犬を捨てに来る無責任な飼い主」である。
 放浪する犬や猫を怖がり、嫌う前に、なぜ彼らがそんなことになっているのか、大元の原因を考えて欲しい。
身勝手な人間が悪いのだ。
 保健所や行政も、ただ地域を放浪する犬や猫を捕まえて殺すだけでなく、正しい心構えや避妊去勢をすすめる啓発をひんぱんに行い、手術などの援助をすべきだと思う。
 (都道府県によっては良い啓発を行なっている自治体や、里親探しに力を入れている町もあるときいた。)
 

 一方、野良猫たちは相変わらず何匹か暮らしている。猫は犬と違って、目立たないので人々が文句を言わないからでもある。それに、野良猫の場合は、地域住民と共存していけると思う。昨年も我が家周辺に見たこともないキジ猫が放浪し始めた。最初は二色刷りのリボンをつけて、動きがおっとりしていたので、どこかで飼われているのだと思っていたが、どうも捨てられたらしい。今は、リボンもなくなり、すばしこくなって、寒さにも負けずに屋根などを渡り歩いている。
エサを与えてる人がいるようだ。
 写真はリボンをつけていた頃のキジ猫トラちゃん(勝手に命名)

 ジロと花は今私の目の前のお気に入りのベッドでまどろんでいる。
 もしあの時彼らを保護していなければ、今頃はこの世にいないか、やせこけてさまよっていただろう。
花が、お腹をすかせてうろついているところを想像するだけで涙が出てくる。
野良犬の子供なんて、と幾人かの人に恐れられたが、かわいがって育てると臆病だけれど、やさしくてかわいい子に育つ。チャッピー(写真の犬)やラッキーたち、助けられなかった子たちだって、愛情を持って飼えば、飼い主に喜びを与えてくれるいとおしい存在になっていただろう。
 本当にごめん、君たちを助けられなくて。エサを与えるだけで何もしてやれなくて・・・。あんなに近くに目の前にいたのに、みすみす死なせてしまって。

 ・・・・・・・山の中で、チャッピーにおやつを差し出したとき、かなり馴れてきた彼女に手のひらをちょびっとだけなめられたことがあった。やわらかで暖かなしめった舌が触れて、チャッピーの心が伝わってきた。君たち、生きてるんだねと。
 チャッピーと出会ってなければ、引き続いて登場したジロたちを保護してなかったろう。野良犬たちとの交流もなく、知っていても遠いことだったかもしれない。ただ恐れていただけかもしれない。

 チャッピーたちのことは決して忘れない。これからも、捨て犬捨て猫や野良犬、猫たちのことを知り、厳しい現実を見て、自分に出来る限りのことをしていきたいと思う。

この記録の本当の主人公は、チャッピーたち、助けられなかった犬たちで、この話は決して今も終らないのだ。 

ジロと花たちの物語は一応ここで終わります。つたない記録をお読みいただきまして有難うございました。
なおこの後、ある方が事実を元に創作した野良犬の物語を連載していく予定です。これも結末がとても残念。でも現実なんです。ホームページの方もよろしくお願いいたします。そちらは楽しい話で満載です。


 

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Thursday, March 24, 2005

ジロと花たちの物語№31

lucky ジロと花たちが一歳を迎えた2000年初めには、おタヌキ町の野犬たちの姿はほとんど見えなくなってしまった。あれだけたくさんいたというのに・・・。
 長年、野良犬や野良猫にエサをばらまいていたイネさんという高齢の女性が亡くなったこともあるだろう。捕獲されなくとも、エサを与えてくれる人がいなくなっては生き延びることは難しい。小動物や草を食べたりしたとしても。
 ところが、2000年なかばになってまだ生き残りの犬が少しいるのを発見したのである。
 その犬は、(写真参照)薄茶色で耳が垂れてはいるが、W時計店にもらわれていった、チイ(茶色ちゃん)にそっくりだった。体の形もうちのジロや花に似ている。ひょっとして、ジロたちの兄弟かな?と思った。最初に見たとき七匹いて、すぐにどこかへいなくなってしまった兄弟ではないだろうか?ガリガリにやせこけ、人間をすごく恐れている。しかし、誰かにエサをもらっているのではないかと思った。でないと生き延びては来れまい。イネさんがいなくなっても、別にエサを与えている人がいるのかもしれない。
 その子には、ラッキーと名づけた。ラッキーは時々、我が家近くにもやってきたので、その時は少しだがエサを与えた。そばに来ないので、捕まえることは出来なかった。無責任にエサだけ与えるなんて、イネさんと一緒じゃないかと思いつつ・・・・。
 ある時、川向こうの住宅街をジロたちと散歩をしていたら、どこからか犬の遠吠えのような声が聞こえてきた。その声はずっと続き、実に悲しげで助けを求めているかのようだった。・・・・私は声のする方へ走った。すると前にチャッピーたちが移り住んだ三階建ての家の庭から聞こえるのが分かった。壊れた門扉を開けて庭に入ると、捕獲箱が置かれ、泣き声はそこから聞こえていたと分かった。誰かがワナにかかっていたんだ・・・。
 箱をのぞくと、中にいたのはラッキーだった・・・・。気が付くと私は箱の扉を開け、ラッキーは一目散にどこかへ逃げていった後だった。逃がしたことが分かると、えらいこと、と私も一目散にそこを立ち去った。
 間もなく届いた自治会報に「捕獲箱を設置しているが、捕まえた犬や猫を逃がす人がいる」と書いてあり、私以外にも同じようなことをしている人がいるのを知った。
 それから2ヶ月ほどして、山道でラッキーに出会う。ラッキーはお乳をたらし、一目見てお母さん犬になったことが分かった。子犬が産まれたのだ・・・・。
 ラッキーをあのままほうっておけば、ラッキーは死に、子犬は産まれなかったろう・・・。私はかわいそうな命を増やすだけで罪作りなことをしたのではないか?イネさんのしてきたことと変わりないではないか。
保護して避妊手術を受けさせないで、逃がしたり、エサを与えたりするだけでは無責任極まりないではないか。
 そして、間もなくラッキーの姿もみられなくなってしまった。子犬が育ったか誰かに拾われたのかは定かでない。
 
 その後、私にも自治会員の役目が回ってきた。役員会では引き続き「野良犬、野良猫問題」が議題にあがっていた。
 会長の話では、まだ少しだが野良犬が残っているとのことだった。
 捕獲のことを尋ねると、捕獲箱でかなりの犬や猫が捕まったそうだ。うち一匹の犬は鑑札のついた首輪をしていたという。自治会はその犬だけは別に保護し、鑑札から飼い主を割り出した。驚いたことに、飼い主はおタヌキ町からずいぶん離れた町に住んでいたそうだ。しかし、電話をすると飼い主は冷たく「それは山に捨てた犬なんで、そちらで勝手にしてください」と言い放つだけだったらしい。 
 それを聞いて、腹が立って仕方がなかった。犬がいらなくなったのなら、自分で保健所などへ持って行って、最期を見届けるがいい。どんな悲しい思い、苦しい思いで死んでいくかを。でもそれはきっと見たくないから、自分の目の届かないところで誰かに処分してもらうおうと考えたのだろう、なんたる身勝手。そういう人はろくな死に方をしないだろう、などと私は自治会の人たちと息巻いたのを覚えている。
 十人ほどいる自治会役員の中には、野犬を捕獲することに抵抗があり「なんとか助けられないのか」と提案する人もいた。
 自治会長は「自分も犬を飼っているので、決して捕獲を好きで頼んでいるのではない」と強調した。「でも今のままでは野犬が無制限に増えて、かわいそうな生き物を増やすだけではないか。大きく見たら動物愛護なんだ」
 それに対して、誰も反論できなかった。奇麗事を言うのはたやすいが、実際には何もできないのだから。

(写真は乳をたらしたラッキー。W時計店のチイそっくり)
 
 

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Wednesday, March 23, 2005

ジロと花たちの物語№30

kokoniiruyo 私は散歩コースを変えて、時々はチャッピーたちの暮らす三階建ての民家の前を通るようにした。
 犬たちはいない時もあったが、いたらワンワン吠えて歓迎?してくれた。皆臆病で用心深い中、チャッピーだけはちょっと嬉しそうにそばに歩いてくる。思えば、ジロたち赤ちゃん犬兄弟が例の廃屋に住みだしてから、その前日まで毎日のように我が家のあたりへエサをねだりに来ていたチャッピーと姉妹犬は、それっきり一度も姿を現さなくなった。彼らは廃屋から半キロの民家へ移動し、そこで暮らしていたのだった。

 私はふっと気がついた。ひょっとして、ジロたち七匹兄弟はこの三階建て民家で生まれたのではないだろうか?と。そして少し歩けるようになってから、小川を渡り、二車線の自動車専用道路を越え、一キロ弱の距離を大人の犬たちに守られながら例の廃屋へ移って来たのではないか?反対に、廃屋にいた三ヶ月くらいに育ったチャッピーたち姉妹犬は、三階建て民家に移されたのだ・・・・。

 しかしなぜ、大人の犬たちはそんなことをしたのだろうか?そしてそれだけでなく、赤ちゃん犬たちの面倒をほぼ私たち人間にまかせた形となってしまった。つまり、もしあの廃屋に常に親犬らが常住していたら、我々は赤ちゃん犬たちにはいっさい手が出せなかったはずである。あんなよちよち歩きの赤ちゃんを親たちは必死で守るはずではないのか?
  最後に保護したころちゃんとでんちゃんも、親犬たちが面倒みていたら、あんなに人間を追ってこなかったのでは?
そこにはひじょうに作為的なもの、意志を感じる。

 もしかすると、成犬たちは、自分達の危機(じきに捕まり殺されること)を無意識の内に予知していて、せめてこの子達だけは助けてちょうだい、と私たちに託したのではないだろうか?大地につながる母心でもって・・・。

 一方、その頃、自治会は増え続ける野犬を捕獲するために動き出していた。
 そしてその年の夏過ぎから翌年にかけて、三階建て民家の庭や小川の前などに捕獲箱がいくつか設置され、次々に成犬たちは捕らえられ殺されていった。
 いつの間にかチャッピーたちの姿も消えていた。ジロたち兄弟のお母さんらしき犬も・・・・・。いったいいつどの子がどの日に捕らえられたのか知らない間に。
 気がつくと、あれだけたくさんいた野犬たちの姿は見られなくなっていたのだった・・・。(つづく)

(写真は三階建て民家で暮らしていた頃のチャッピーたち、左はシュワちゃん。真ん中がチャッピー。右がゴンタ。お国も二匹ほどいる。キツネちゃんの姿はこの頃はもう見なかった。弱そうな子だったから・・・1999、四月下旬)

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Tuesday, March 22, 2005

ジロと花たちの物語№29

hananomamasan №4から8までに登場したチャッピーたち姉妹犬のことを覚えておられるだろうか?
彼らは、ジロたち五匹を(最初は七匹数えたが二匹はどこかに行ってしまい五匹となった)保護する前に、同じ廃屋周辺に生活していた子犬たちのことだ。

 実は、ジロたち兄弟を無事につかまえてしばらくしてから、散歩の時にチャッピーたちを発見した。
 彼らは我が家から半キロほど離れた川向こうにある住宅街の中の、ある民家に暮らしていた。その民家は、ある人の別荘で、持ち主はたまにしか訪れないので、野良犬たちの絶好の隠れ場だったのである。またその民家の向かい側は野良犬や野良猫にエサを配るのを生きがいにしているイネさんという年配の女性の家だった。イネさんには少し年上の連れ合いがいたらしいが見たことはない。

 ではここで、イネさんのことを紹介しよう。
 イネさんは、毎日、自家用車で地域の野良犬、野良猫のためにエサを運ぶ動物好きの女性だった。しかし、エサを他人の家の庭にほうりこんでごみだらけにしたり、誰かが注意をしても怒鳴りかえすので、地域では評判がすこぶる悪かった。
 生き物にエサだけ与えてそのままにしていると、当然どんどん子供が生まれて増えていく。そう、エサを与えるなら、しっかり自分の家で飼うか、子供が生まれないように手術させなければやっぱり無責任なのである。
 おタヌキ町の野良犬があんなに沢山増えたのも、実はイネさんが原因だったのだ。
  もちろん、もっとも攻めるべきは最初に山に犬や猫を捨てに来た「けしからん人たち」である。しかし、捨てられた子らにエサだけ与えて、子供をむやみと増やすことにしてしまったイネさんもよくないのだ。エサを与えるだけではなく、避妊去勢手術を施さないといけなかった。最初は一匹か二匹だったろうから、少ない時に何とか対処しておれば・・・。奇麗事はいくらでも言える。実際に、放浪している犬や猫を捕まえて手術をさせるというのは口で言うほど簡単なことではない。

 私も何年も前から幾度かイネさんの姿を目にしたことがある。私の住む地域にも、彼女は時々車でエサを運んでいたからだ。車から降りてあたりを窺いながら、袋から何やらエサらしきものをこそこそとふりまき、あっという間に去っていく。髪ふりみだし、服装には一切おかまいなし、といった風体だった。年金暮らしでエサ代だけでも相当になるのだろう、自分にはかまってられないように見えた。そしてちょっと怖かった。

 ところが、ジロたちを保護する少し前からイネさんは体調を崩し、入院してエサを与えられなくなってしまったのだ。彼女が亡くなったと風の頼りに聞いたのは、その年の終わり頃だったろうか?
 エサをもらえなくなってから、野良犬たちはウサギやイタチなどを捕まえて自活していたものと思われる。だからチャッピーたちは成犬が捕獲してきた野ウサギをガリガリとぱくついていたのだ。

 さて、話を戻そう。久しぶりにチャッピーたちと出会った時、私は思わず彼らに呼びかけてしまった。
「あんたたち、こんなとこに住んどったん!?どこへ消えてしまったかと心配してたんよ!」
そして、その民家の一階が、半分突き抜けのガレージで、充分に雨風がしのげる様子に嬉しくなった。「なかなかいいホームやないの。いいとこに暮らしているんやね」
 いつもカメラを携帯している私は彼らの姿を夢中で写した。あたりにはチャッピーたちの他に見たこともない犬たちが何匹かいた。その時は分からなかったが、ジロたちのお母さんらしい犬がその中にいたのだ。子犬たちが大人になってから気がついた。「この奥の犬、大人になった花にそっくりじゃないか!」

写真はそのジロたちのお母さんらしき犬だ。顔が花そっくりなのだ。このことがわかった時、その母さん犬の姿も、チャッピー達もいなくなっていたのだが・・・。

  29話から、当時に書かれた記録と、その後に分かったことを交えて新たに書いている。あの子達のことが思い浮かび、「助けてあげられなくてごめん」という気持でいっぱいだ。

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Saturday, March 19, 2005

ジロと花たちの物語№28

ku-tyan ころちゃんは、飼い主が見つかるまでの一ヶ月近く、我が家でジロと花と三匹一緒に遊びながら楽しい子犬時代を過ごした。ほんのつかの間だったがたくさんのことを吸収する成長期で、貴重な体験だったと思う。
 毎日、子犬三匹と老犬一匹の山道の散歩は、毎回「騒ぎ」だった。子犬たちは、好き勝手な方向へチョロチョロ走り出す。まだ力がそんなにないので助かったが、しつけをしようにも振り回されてしまうばかりだ。
 引き綱はあっという間にからまり、私の足にもぐるぐる巻きついてしまう。そうなるともう歩くことも出来ない。何回もストップし、引き綱をほどき、怒鳴り、と見ている人はさぞかしおかしかったろうなと思う。

 休日には夫も一緒に峠まで全員でピクニックし、小川のせせらぎで遊ばせた。子犬にとっては何もかも新鮮で嬉しい。水の中でも飛び跳ねて、ビシャビシャ、あがってくると、すぐにドロまみれに汚れた。
 庭では子犬三匹、ひとつのおもちゃを三方向から引っ張ったり、ころがったりと実に楽しそうだった。そして夜は犬小屋で体を寄せてぐっすり安心した表情でスースー眠っているのを見ると、保護して良かったとつくづく感じた。

 さて、いよいよエミさんが主催する里親募集の会が始まった。場所は私の住む町から電車で三つほど乗った大きな町の大型スーパーの展示会場だ。見に行くと、そこには何頭かの里親募集の犬や猫の写真とプロフィールを書いた紙がずらっと貼られていた。
 ほとんどの子は成犬、おとなの猫で子犬はころちゃんだけだった。中には腹水のたまった猫など病気で捨てられたと思われる元ペットの写真もあり、涙を誘う。飼い主は、最後までペットたちの面倒を見て欲しいものだ。病気だからと言って捨ててはいけない。ペットも家族なのだから・・・。里親募集しているエミさんは自宅に保護した犬を十頭ほどと猫を数十匹飼っている。全員に予防注射や避妊手術をさせるなど本当によくやっている。ただ大きなグループでなく預かり先が少ないので、殆ど負担はエミさんの肩に重くのしかかっているのが現状だ。これは本当に難しい問題なのだと考えさせられた。

 ころちゃんを欲しいと言う人は三件あった。七匹全兄弟捕まえておれば、みんなもらわれたのに・・・・。

 一番最初の希望者一家が我が家に車で対面にやってきた。人の良さそうな夫婦と小学生の女の子の三人だ。家にはその女の子の他にもう少し大きな子供が二人いるという。

 そして、対面の結果、ころちゃんは、そこの家にもらわれていくことに決まった。

 その日の夜、夫の車で、隣町の新しい飼い主一家の家にころちゃんを連れて行った。行くと、一家総出で出迎えてくれ、大きな子供たちも争ってころちゃんをなでまわした。家もまあまあ大きく、庭もあるようなので安心した。本当にかわいがってもらえそうだ・・・。

 夫と二人だけになった帰りの車の中で、ほっとすると同時に、なんともいえない寂しさが湧き上がってきた。
 ころには、情をかけないようにしていたのだが、一緒に過ごした一ヶ月は長く、しばらくは心の中にぽっかり穴が開いたかのようだった。

 ころちゃんは「クッキー」と名前をつけてもらった。
 その日から半年後に、クッキーは飼い主夫婦と最初に来た女の子と一緒に我が家を訪問した。クッキーは毛並みがつやつやしたかわいい女の子に成長していた。ジロと花とは久しぶりで、最初は怖がっていたが、三匹仲良く遊びだし、再会を喜び合った。

 というわけで、廃屋の子犬たち五匹全員、無事に良い飼い主に恵まれ、今も元気に過ごしている。
しかし物語をここで終えるわけにはいかない。本当のこの物語の主人公は助けられなかった今は亡き、チャッピーたち、野犬の犬たちなのだ。彼らのことを書き、彼らのメッセージを伝えないと話は終らない。

(写真は、半年後に久しぶりの対面をするジロと花とクッキー。クッキーは右端。)

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Wednesday, March 16, 2005

ジロと花たちの物語№27

sannbikiissyokorotyantatihoidamarinokoroosannpoosannposoiteru

ころちゃんは、里親さんにもらわれるまでの一ヶ月弱、我が家でジロと花と三匹一緒に楽しく過ごした。
写真は三匹の楽しい思い出集。
散歩はタロもいるので四匹となった。子犬はちょろちょろするので、すぐに引き綱がからまり大変だった。
こうやって見ると、ジロ、花、ころは毛の色も顔立ちもよく似ている。見分けがつかないと言われたが、足の白足袋模様が違うし、花は小さい。
 男性二人と写っているのは、先にもらわれたチイちゃんのところでのスナップ。ジロ、花、ころを連れて、チイちゃんの家に遊びに行ったのだ。きっちり並んで撮影しようとしたがこの通りだった。四匹は大喜びで暴れている。
 この一ヶ月弱の間に、ころちゃんは一回り大きく育った。チューリップの咲く頃、ころちゃんは新しい飼い主さんの家にもらわれていったのだが、その話はまた明日以降に。

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Tuesday, March 15, 2005

ジロと花たちの物語№26

yonnhiki でんちゃんが隣町の家族にもらわれていき、残るはころちゃん一匹となった。
 エミさんが言うところの「里親探しの会」まで一ヶ月ほどある。
ころちゃんはその会が始まるまで、ジロ、花と共に我が家でにぎやかに暮らした。

 その間、里親探しの件で何人かの動物愛護家の方々と連絡し、様々な情報を伺うことができた。
 子犬の飼い主募集を地域情報誌の掲示板に出した場合、悪徳業者に引き取られる場合が少なくないので気をつけるようにという話はショックだった。
 犬がほしい、猫が飼いたいと掲示板を見たからといって、電話がかかってきたら、必ず相手の住所と電話番号を聞き、その家を見に行かないといけないそうだ。
 子犬や子猫を実験動物として売ろうとするとんでもない輩が多いのだという。そこまで我々は命をまもらなければならないのだ。
  実は、私は一番にもらわれた茶色ちゃん(チイ)を捕まえた頃から「子犬の里親募集」とタウン誌の掲示板に我が家の電話番号を載せ、またある大きなホームセンターのペットコーナーにもポスターをはらしてもらっていた。
 それを見たのだろう、ある時、突然子犬がほしいんですと子供の声で電話がかかってきたことがあった。
 「お父さんとお母さんはいいって言ってたの?」と聞くと何か口ごもっている。子供が自分だけほしいからと電話をしているのかもしれない。
「あなたが飼いたいと思っても、お母さんがいいと言わなきゃ無理だよ。どうなの?」とさらに尋ねると、子供の背後で大人の気配がする。子供はおずおずとこう言った。
「お母さんもいいと言ってる・・・」どうしても子犬がほしい、という雰囲気ではない・・・・
 動物愛護家の人たちはこうも言っていたっけ。
「悪徳業者は子供や女性を使って電話してくるから気をつけて」 

私はすぐに先約がいるからと断った。
 この電話に関しては本当の事情は分からなかったが、せっかく子犬を保護したり、生まれた子の里親募集をしても、悪い業者にもらわれていく子犬たちもたくさんいるのだろうなと思う。
 目の前に何匹もの子犬を目の前にすると、もらわれなかったらどうしようかと実に不安になる。一匹でももらわれたらほっとするのは確かだ。
 だから子供の声で電話がかかってきて、お母さんと受け取りに来たら、ろくに調べもせずに、さっさと渡してしまう人も多いだろう。「良かった良かった」と喜んでいる人もいるだろう。実は子犬の行き先が大学の医学部や薬品会社の実験部ということも知らずに・・・・。

ころちゃんは、決してあやしげな飼い主のところへはやらん、私は誓った。

 
 季節は四月下旬に入り、「捨て犬里親探しの会」が開催された。場所は私の住む町から電車で三つほど乗った大きな町のマーケットの催し物会場だ。
 そこにころちゃんのかわいい写真も展示されたので、私も見に行った。エミさんは資金を集めるために、同時にバザーも開いていた。

(写真左端がころちゃん)

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Friday, March 11, 2005

ジロと花たちの物語№25

kunyakunya さて、やっと馴れたでんちゃんを、新しい飼い主希望の人と対面させる日が来た。対面場所はかかりつけの動物病院だ。
 お昼頃、大きなカバンにでんちゃんを入れて家を出発。バスが来ると、カバンのジッパーをしっかりしめて、乗り込んだ。
 バスが動き出すと、カバンを座席の上に置いて、でんちゃんの頭をカバンの外に出してやった。
 バスはヘアピンカーブの続く道をくねくねふもとの町まで降りて行く。
 そしてやっとふもとの町に降りてきた、と思ったら、突然でんちゃんが、ゲボっと朝食べた物を座席に戻してしまった。これは一大事!あわてた私は手持ちのティッシュでふいたが間に合わなくて、とにかくじかに手で集めると、カバンの中にほりこんだ。しかし、椅子には液状のものが残って、どうしてもきれいにできない。
 犬を乗せたことがバレたら困るし、自分が酔って戻したことにしようか?と悩んでいるうちに駅前に到着。お客も少ないし、バスは後は車庫へ戻るだけなので、椅子はそのままにしておいた。そして最後に、運転手さんの前で回数券を入れる時はカバンのふたはきっちり閉めていた。(運転手さん、ごめんなさい!と内心詫びながら)
 降りるてすぐ、カバンのジッパーを開けてでんちゃんの頭を出すと、口のまわりはあぶくだらけで、ぐったりしている。これはいかん、あわててカバンから出そうと思ったが、カバンの中は吐いた物でぐちゃぐちゃ。でんちゃんもドロドロだ。新しい飼い主さんに会わせるのに、これではいけない。見ると私の片手もドロドロではないか・・・
 目的地の動物病院までの途中に、一足先にもらわれた茶色ちゃん(チイ)の飼われている時計店がある。
 私はその店に立ち寄って、ひとまずでんちゃんを休憩させてもらった。時計屋のご主人は、さっそくタオルや新聞紙を出して、でんちゃんとカバンの後始末を助けてくれた。そこにいたチイちゃんはしっぽを振って大喜びだが、でんちゃんは車酔いで動けなくなっていた。
 しばらくして元気になったでんちゃんを歩かせて、動物病院に到着。対面の前に、美容師さんに身づくろいをしてもらった。家でも夫が念入りにシャンプーをしてやっていたが、ノミやダニが残っているので取ってもらったのだ。

 飼い主希望の人は、一家総出でやってきた。年配夫婦に息子夫婦に子供たち。年配の奥さんがでんちゃんを一目見て
「かわいい!」と両手を合わせた。私はほっとした。
「こんな不細工なんいらん」と言われたらどうしようかと心配していたからだ。
 年配のご主人の方は、美容師に手入れしてもらっているでんちゃんの骨格の良さに気がついたのか心配そうにこう言った。
「どれくらいの大きさになりますやろか?家の中で飼うつもりなんで」
おや困ったな。我が家で生まれた子犬ということにしてあるので、(野犬の子犬ということは内緒)今さら
「さあ、どうでっしゃろ?」ととぼけるわけにはいかない。
 すかさず獣医さんが機転をきかせて答えてくれた。
「雑種やから色んな血が出てくると思うよ。でもこの子はそう大きならへんのとちゃう?」我らが獣医さんは、女医さんでしかも美人。やわらかな彼女の口調に新しい飼い主さんも納得したらしい。
「ほな、もろて帰ります」と大きな菓子箱を私に差し出したのだった。

 でんちゃんは、かくして隣町の家にもらわれて行った。名前はナナちゃんとつけられ、今もお座敷犬として過保護にかわいがられているようだ。私たちと同じ獣医さんにかかっているので、写真を見たり様子を聞いたりできるのがうれしい。
 ただ飼い主さんの期待を裏切って、ナナはぐんぐん成長。今ではジロより大きくなってしまった。成長中に一度ならず飼い主さんが動物病院を訪ね
「この子はいったいどれくらい大きくなるんでしょうか?」と相談に来たそうだ。しかし、とうに情が移っているので、ナナが捨てられる心配はないのである。
 (写真は四匹の子犬。でんちゃん(ナナ)は一番奥)

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Thursday, March 10, 2005

ジロと花たちの物語№24

warwaretukamattahi 

 今すぐに二匹を捕まえて欲しいと頼んできたエミさんに、さっそく二匹保護したことを報告すると、話が少し違っていることが分かった。
 エミさんは、今もう飼い主が待っているようなことを言っていたのだが、実はまだだったのだ。一ヶ月ほど先の里親探しの会の時に「見つかるだろう」という予測だった。
 ジロと花をふくめて四匹になった子犬を目の前に私は途方にくれてしまった。二匹の粗相の始末だけでも連日頭を痛めていたからである。
 それに一ヶ月も経つと、子犬たちはもっと大きくなっているではないか?もし飼い主がみつからなかったら?
 じいさん犬のタロと合わせて、五匹も犬を飼う余裕はとてもない。保険のきかない予防注射やワクチン代だってバカにならない。先のこともだが、明日からどうしよう。四匹もの子犬を実家には預けられないし、仕事にも行きにくくなる・・・・。
 私の心は一層不安でいっぱいになった。

 が、この日につかまえなかったら、ますます保護はむずかしくなっていたのだった。
 でんちゃんらを捕まえた日から一週間も経たないある日、突然、例の廃屋の改修工事が始まったのである。大きなトラックが横付けされ、大勢の作業員が中に入り込んだ。廃屋の持ち主もやってきた。子犬が見つかったら保健所に連れて行かれていただろう。
「ほうらみてごらん。私の言うとおりにしといて良かったでしょ?」ずっと後になって、エミさんは満足そうに私にそう言ったものである。

 ちなみにエミさんは、自宅に数十匹の猫や数頭の犬を保護して暮らしている。彼女だったら、最初に子犬七匹を見つけた時に。七匹全員自宅へ連れ帰っていたに違いない。すごく偉いと思うが、私にはなかなか真似できない。

 さて話は戻るが、最後の二匹を捕まえてから四日後に、かかりつけの獣医さんから電話が入った。隣町に雑種の室内犬を欲しがっている一家がいるという。とりあえず面会してみましょうということになった。
 私は体の大きい方の子犬、でんちゃんを選んだ。子犬は出来るだけ小さいうちの方がもらってもらいやすい。一ヶ月先の里親探しの会の時には、こいつはクマみたいになっているかもしれん、だから大きい方の子犬からもらっていただこうとの目論みだ。
 とは言ったものの、でんちゃんは家で暮らし始めてからもいっこうになつかない。犬同士は仲が良いのだが、人間が近づこうものなら、しっぽを縮めて固まってしまう。抱き上げても、足を縮ませて防御体制は崩さない。つまり我々を信頼していない。茶色ちゃん(チイ)と違って、かわい気がない子だ・・・・。
 
 エミさんに尋ねてみると、とにかくベタベタにかわいがれと言う。
 私はでんちゃんを時間さえあれば抱いてやり、撫で回し声をかけた。電話をかけるときも、片手に抱っこしていた。
 するとどうだろう。間もなく彼女は私を見つけると、おしっこをもらして腹を出したり、しっぽをハタハタと振りちぎるようになったのである。
 ・・・・・・・やっと私は目が覚めた、彼らが分かったのだった・・・。

ああ、おまえたち、ずうっとさびしかったんだね・・・
  長いこと子犬だけでずっと廃屋に暮らしていて、どれだけ怖くて心細くて寂しかったろう。兄弟が次々いなくなってうんと悲しかったんだよね。まだまだ母さんから離れられない赤ちゃんだったのに・・・・・
 アンアン吠えまくってなかなかなつかないから「かわいくない」と言う自分中心の発想に初めて気がついた。
 こちら側から愛情を持って接しなければ、こちらから心を開かなければいけないのに、こちらが心を閉じていたのでは話にならないではないか。
 ごめん、ごめんね、寂しい思いをさせて。私はでんちゃんを思い切り抱きしめ、頬ずりした。でんちゃんは嬉しそうにペロペロなめてくれた。

(上写真・ずらりと並んで記念撮影を撮ろうと思ったのだが失敗。下写真はでんちゃんところを保護したその日に、シャンプーを済ませて清潔になった後ゲージでの記念撮影。左から花、ジロ、コロ、でん)


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Wednesday, March 09, 2005

ジロと花たちの物語№23

demchan1 「でんちゃんを捕まえるのは無理やね」
「困ったなあ・・・」夫と二人で途方に暮れてしまった。時間は夜中の十一時半を越えている。
 ふと、子犬たちが日頃から、じいさん犬のタロにはなついていることを思い出した。
「そうだ、タロを連れて来たらいいかもしれない」そして、さっそく家に戻り、タロを引き綱で引いて来た。
 タロの姿に、でんちゃんは「お母さん」と思うのだろうか、小さなしっぽをふりふり、飛び出してきた。
タロが歩くと、でんちゃんも足元に並んで歩く。・・・・・・しめた!と私はタロの引き綱を家の方向に向かって引いた。
・・・・でんちゃんも歩く。
 いいぞ、いいぞ、私は引き綱を少しずつ少しずつ引っ張った。
 けれど、用心深いでんちゃんは、ちょっと歩くと、たちまち自分の古巣へ走ってしまう。そのたびに私はタロを前面に押し出して、でんちゃんが再び現われるのを待った。すると寂しいのか、でんちゃんはおそるおそる暗闇から姿を現し、再びタロにまとわりついた。
 タロは子犬にまとわりつかれるのが大嫌いなのだが、別に威嚇して吠えるわけではない。うるさい!と不機嫌そうにうなるだけなのだが、子犬にはそれも嬉しいらしい。
 でんちゃんは古巣へ戻っては、こちらに舞い戻り、を幾度も繰り返していたが、長い時間をかけて、ついに我が家の門の前まで歩いてきた・・・・。
  
 短い階段の上の門扉は大きく開かれ、黄金色に輝く玄関の明かりをバックに小さな子犬のシルエットが浮かび上がっていた。子犬は小さな尾を、ちぎれんばかりに振っている。首輪についている小さな鈴がチリチリ音をたてる。
 子犬はジロだった・・・・。一足先に家に戻った夫が門柱に隠れ、ジロの引き綱を握って立っていたのだった。
 でんちゃんは兄弟のジロを見ると安心したのか、吸い込まれるように敷地内に踏み込んだ。門扉はすぐさま、ガチャンと音をたてて閉じられた。

 山の廃屋にいた五匹の子犬全員が助かった運命の瞬間だった。
(写真はでんちゃん)

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Tuesday, March 08, 2005

ジロと花たちの物語№22

korotanさてさて、廃屋の三匹姉妹のうち、一匹は片付いたのだが、残りの二匹はまだだった。
 チイ(茶色ちゃん)がもらわれたその日の晩のこと、かねてから様子を知らせ、子犬の里親探しを頼んでいたエミさんという動物愛護家から電話がかかってきた。
「今すぐ子犬が欲しいという人がいるので、残りの二匹をすぐに捕まえてほしい」とのことだった。
 さっそく翌日の午後、ジロと花を連れて、例の廃屋へ散歩に行くと、怖がりのころちゃんがまず一目散に走ってきた。そしてなんとそのまま、我々一同にくっついて、登山道から住宅街の道に入り、家の庭まで入って来た。いとも簡単に捕まってしまった・・・・。
 昨日までは、そばに寄っただけで素早く逃げてしまうころちゃんの救出はひじょうに難しいと思われていたので、驚いた。チイが保護され、でんちゃんと二匹だけになってさぞかし淋しかったと思われる。
 じゃあ残りのでんちゃんも簡単に捕まるだろう、と私はころちゃんをゲージに閉じ込めると、また廃屋へ向かった。
 廃屋の門扉付近で、いつものようにエサを置き、でんちゃんを呼ぶと、でんちゃんは遠くの木陰から狂ったようにアンアン吠えるばかりだった。何回か捕まえようと試みたが、少しでも近づくとキャンキャン騒いで逃げ回る。私はついにあきらめて家へ戻った、
 夜になって帰宅した夫は、一匹だけ残っていると聞いて
「かわいそうに、早く捕まえよう」と大慌てで食事を済ませた。
「でも、でんちゃんは難しい。こちらへ近づこうともしない」私はあきらめ半分で言った。

 さて、夫と二人で例の廃屋に着くと、暗闇の奥から
「アウー、アウー」と低いうなるような鳴き声が聞こえてきた。
でんちゃんの声は甲高い声の他の子犬たちと違って、低く鳴き方のてテンポが遅い。キンキンキャンキャン鳴かずに、「アウー、アウー」と遠吠えのようにゆっくりだ。
 「でんちゃーん」我々が名を呼ぶと、懐中電灯の光の輪の中に、黒い子犬が浮かび上がった。エサをばらまくと、でんちゃんはパクパク食らいついた。夫はそっと後ろに回って、子犬を持ち上げようと試みた。しかし、でんちゃんはものすごい悲鳴をあげて森の中へすっとんで逃げてしまった。その素早いこと、素早いこと・・・。
 我々はその後も交代で一人はエサでおびきよせ、一人は背後から捕まえようとやってみたがうまくいかない。しまいには、でんちゃんはすっかり警戒して、もっと遠いところに逃げて、姿を現さなくなってしまった。

(写真は、保護されてくつろぐころちゃんとジロと花。ころちゃんは左端、中央がジロ、右が花)

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Monday, March 07, 2005

ジロと花たちの物語№21

chiitoonajikoyadenemuru 翌日、早々に子犬三匹(ジロ、花、茶色)を連れて、車で夫と町へ向かった。向かった先は、我が家のかかりつけの動物病院だ。
 そこで、茶色ちゃんの健康診断をしてもらい、回虫駆除剤二回分を買った。お嫁入りするので、持参金つき?というわけだ。店で新しい引き綱や新しい首輪もそろえた。
 午後、ジロだけ実家に預け、花と茶色ちゃんを抱いて、またさくらまつりへと向かう。そこではまた昨日のように、子犬たちは通行人の目を引き、人気者となった。
 茶色ちゃんは山から降りてきたばかりだというのに、見知らぬ男の子や、若いお姉さん達になでられたり、抱かれたりしても平気だ。ちょっと顔がみっともなくて、毛の色が濃い花よりも、薄いベージュ色でかわいい顔立ちの茶色ちゃんの方がずっと人気だった。(花ちゃん、家の子にしといて良かったと内心思った。みっともないからこそかわいいのだ)
 茶色ちゃんはもともとの性格がフレンドリーで、たぶんかわいがられ、生きていきやすいタイプなのだろう。
 
 そして、めでたく茶色ちゃんはW時計店にもらわれ、ご主人に「チイ」と名づけられた。その家では代々犬の名前は「チイ」か「チャコ」だそうだ。半年前になくなったのがチャコで、今度はチイだという。
 市会議員に立候補した奥さんは、その後間もなく初当選。現在は二期目で活躍中である。
 今もチイは、駅前商店街のW時計店の広い庭にクサリ無しで元気で過ごしている。店に来るお客さんや奥さんの支持者の人々にかわいがられ幸せだ・
 私は付近を通る時は必ずチイと話をすることにしている。門扉越しに名を呼ぶと、どこか物陰から飛び出してきて、門扉を押したり、くるくる回転したりして歓迎してくれる。私のことを今でも憶えているらしい。
「チイはぜったいに恩を忘れません」と得意げに言い切るご主人と犬談義に花を咲かせるのも楽しい。
 我が家の時計の修理や電池などの交換はW時計店に決まった。

(写真は薄茶色の茶色ちゃんと一緒の時を過ごすジロ、花)

 
 

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Friday, March 04, 2005

ジロと花たちの物語№20

onennesannbiki 付いておいで、と言ったご婦人は、しばらく人並みをかきわけて歩いていたが、やがて立ち止まった。そこには風船を配っている活発そうな女性と、その支持者らしい人たちが数人が立っていて、通行人に愛想をふりまいていた。
 何かのキャンペーンを行なっているようだ。
 風船を配っている女性は、三週間ほど先の市会議員選挙に立候補しようとしているYさんという主婦だった。聞いてみると、立候補は今回が初めてだという。
 先のご婦人は、ジロと花を指差して「子犬を飼わないか」と話し出始めたが、Yさんはそれどころではない様子で、「主人と話をつけてください」と話した。
 「じゃあこっち!付いてらっしゃい!」とご婦人は張り切って、さっさと歩き出した。夫と私は子犬を抱きながら、小走りで先を急ぐご婦人の後を追った。案内された先は、商店街のはずれに立っているYさんの選挙事務所だった。
 選挙事務所には、Yさんのご主人や親族や支持者たちでごったがえしていた。子犬を見ると、一同歓声をあげて迎えてくれた。愛想がいいのは、選挙前だからだろうか?とも思ったが、そうではなく本当に犬好きの人たちのようだった。
 ご主人は長年飼っていた愛犬を半年前に亡くしたばかりで、もう犬は飼わないつもりだったがと言いながら、連れて行ったジロと花を眺め「じゃあいただきます」とキッパリ宣言。やった!茶色ちゃんの行き先が決定した!
 ところが、Yさんのご主人は、「山にいる三匹全部見て、その中から選びたい」と言い出したのである。
 「明日にでも山へ見に行く」ととても積極的だ。しかし、茶色ちゃん以外の二匹は捕まえられそうになかった。それに「アタチを連れてってちょうだい!」と泣きながら後追いする茶色ちゃんを何が何でも優先にしたかった。
 「いいえ、明日、柴犬に似たかわいい子を連れてきます」となかば強引に薦めた。

 その日、山間部の我が家へ帰宅すると、すぐに例の廃屋にかけつけ、いつものようにエサをばらまいた。三匹は元気にころがり飛んできた。もう逃げない茶色ちゃんは難無く捕まえることができた。
 そして家に連れ帰ると、夫が風呂場できれいにシャンプーしてやった。
 食事を済ませると、茶色ちゃんは、大喜びでジロと花と洋間でじゃれあった。しばらく遊ばせてから、記念撮影をし、ゲージにいれてやると、茶色ちゃんは安心したようにジロと花の間に体を丸めてぐっすり眠ったのだった。

 私はほっとすると同時に、まだ廃屋の庭に残る二匹、でんちゃんところちゃんの事を考えた。突然一匹仲間が減ってさぞかし不安だろう。あの子らもなんとかしてやらんと・・・。でも捕まるだろうか?残る二匹は臆病で決して近寄って来ない。また捕まえられたとしても飼い主が見つかるのだろうか?
 窓を開けて、山の方を見つめた。暗闇の中、ふくろうの鳴き声がかすかに聞こえるだけだった。
(写真は、一枚目は,ゲージの中で眠る三匹。二枚目は左からジロ、茶色ちゃん、花。茶色ちゃんの行き先が決まり、捕獲したその日の夜)

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Wednesday, March 02, 2005

ジロと花たちの物語№19

sakuramaturikamiko季節はいつの間にかサクラ咲く頃になり、おタヌキ町の山々も春の気配がただよってきた。小鳥が歌い、下草も枯葉の間から少しずつ目をのぞかせはじめている。
 この町では、毎年、サクラの咲く頃の土曜、日曜二日間に渡って「さくらまつり」が開催される。場所は、タヌキ川の川沿いのゾーン。
 その通りは、歩行者天国となり、露天がずらりと軒を並べ、川桟敷には舞台が設けられて音楽会が催されるなどたいへんにぎやかである。
 夫と私はさくらまつりにジロと花を連れて行った。生後二ヵ月半ほどの彼らはまだまだ可愛らしい盛り。
「皆さまに是非見ていただきたい」という飼い主バカ根性丸出しで、わざわざ人の多いところに子犬を引っ張り出したというわけだ。
 しかし、飼い主バカは我々だけではない。いつもさくら祭りには犬を連れた人々が、あの狭くて人だらけの、決して犬には嬉しくないところを幾度も往復している。それもめずらしい犬種や、いわゆる「ブランド犬」が多い。
「皆さん、このかわいい犬を見てください」というわけだ。
 ジロと花は雑種だが、子犬の間はどんな犬にも負けないほど「愛らしい」と自負していたので、はりきって連れて行った。欲しいと言う人もいるかもしれない、山に残る三匹の里親探しもできるかもしれないと内心期待していた。

 安の定、二匹はモテモテであった。
「キャー、かわいい、抱かせて!」と若い娘さんたちが悲鳴をあげて群がってきて、夫はごきげん。二匹いるので、余計に目立った。でも誰も子犬が飼いたいと言うわけではなく、その場限りだった。

 しかし・・・神は我々を見捨ててはいなかった。そこで、ある犬好きのご婦人と出会ったのである。
 ご婦人はジロと花を交互に抱きながら、子犬たちのことを尋ねた。山で拾った野良犬の子供だというと感激して
「よくぞ拾ってお世話してくれた」と目を細めて喜び、自分の家でかわいがっている年老いた犬の話をしてくださった。
 私は彼女に尋ねた。
「この二匹の兄弟がまだ山に残っています。どなたか子犬が欲しいという方はおられないでしょうか」
するとご婦人は大きくうなずいて、ごくりとつばを飲み込むとこう言った。
「おられます、おられます。最近長いこと飼ってはった犬を亡くしたばかりの人を、私知っています。とっても犬が好きで良い人たちですよ」そして、その人が近くにいるから付いてらっしゃいと人ごみをかきわけ、歩き始めた。
 夫と私は展開のあまりの早さに仰天しながら、あわてて彼女の後を追った。
 里親探しのために思いついた先は全て電話したり頼んだりして、みな断られ、ほとんどあきらめていたから、まるで夢のようだった・・・。
(上の写真は、さくらまつりのジロと花。した写真は、我が家の庭で遊ぶ茶色ちゃんと後ろのジロ)

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Tuesday, March 01, 2005

ジロと花たちの物語№18

asobuniwa 廃屋周辺で暮らす三匹の子犬たちは、少しずつ大きくなってきた。
毎朝、夕、エサを持っていくと、大喜びで走ってくる。うち一匹の茶色ちゃんは、Aさんや私にすっかりなつき、Aさんの飼い犬や、うちのタロにまとわりつくようになった。帰るときは、キャンキャン泣く茶色ちゃんを振り切るのが大変になってきた。
「夕べなんか、大声で泣きながら私のマンションの入り口付近まで付いて来てん。たまらんかったわ」Aさんが切なそうに訴える。
「また明日来たるから、待っときや」となだめても、茶色ちゃんは
「ワタチも一緒に連れて行ってちょうだい!」とそれは悲しそうにキュンキュン泣き続けていたそうだ。・・・・
 茶色ちゃんは、私にももちろん付いてきて、住宅街にさしかかる分岐のところで立ち止まって
「さびしいよう!」と甲高い声で悲しそうに泣き叫んだ。
 泣き声は、先に捕まえ我が家の子となっている花そっくりで、やかましい。やはり姉妹だなあと思った。
 一方他の二匹、でんちゃんとコロちゃんは、茶色ちゃんほどなつかず、後追いもしないし、泣いてすがることもなかった。

 それどころか、でん助に似たでんちゃんは、うなり声をあげて、威嚇するようになって怖かった。
 また、ジロにそっくりのコロちゃんは、ぜったいにそばに近寄らない。私たちを相変わらず怖がってる様子だ。
 なので、人なつこい茶色ちゃんだけは、まず救出したいと思っていた。

 ある日、茶色ちゃんが、住宅街の我が家の門まで付いてきた。そして門扉に小さな前足をかけて
「入れてちょうだい!ワタチを助けて!」と大泣きしたのだった。
 門扉を開けてやると、大喜びで入ってきて、ジロ、花ところがり遊んだ。茶色ちゃんは、我が家の庭で、たらふく食べ、遊び、くつろいで山に帰って行った。というのは嘘で、鬼のような私が、いやがる茶色ちゃんを抱いて山の廃屋へ連れ帰ったのである。茶色ちゃんは、家にいたがったのに・・・・。(写真はその時の様子。右が茶色ちゃんで左手前が花)
 子犬の鳴き声がうるさいと庭でわざとらしく「しっし、しっし」と声をあげたりする決して挨拶しようともしない気難しい隣人に配慮してのことだったが、私も冷たかったと思う。
「茶色ちゃん、ごめん。必ずやさしい飼い主さんを見つけるから、約束するから、もうちょっと辛抱してな」私は茶色ちゃんを廃屋の庭におろすと、声をかけた。茶色ちゃんは、迎えに飛んできた、でんちゃんとコロちゃんと一緒に、真っ暗闇の中に消えた。
 でんちゃんたちは
「おまえ、どこに行ってたの?」と大喜びだった。

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